チョウバエは、蚊のように人を刺して血を吸ったり、ハチのように毒針で攻撃したりすることはありません。そのため、直接的な健康被害をもたらす「衛生害虫」というよりは、その見た目や存在が人に不快感を与える「不快害虫」として分類されることが一般的です。しかし、だからといって、彼らの存在が私たちの健康に全く無害である、と断言することはできません。その理由は、彼らの不潔な「発生源」と「生態」にあります。前述の通り、チョウバエの幼虫は、キッチンの排水溝や浴室、汚水枡といった、雑菌が繁殖しやすいヘドロの中で育ちます。成虫になったチョウバエは、その体表や、細かい毛で覆われた体に、発生源で付着した様々な細菌や微生物をまとったまま、私たちの生活空間へと飛び出してきます。そして、キッチンの調理台や、洗浄後の食器、あるいは、テーブルの上に置かれた料理などに、平気で止まります。この時、彼らの体から、大腸菌やサルモネラ菌といった、食中毒の原因となる病原菌が、食品や食器へと移ってしまう(機械的伝播)可能性は、決してゼロではありません。実際に、ハエ類が食中毒菌を媒介することは、広く知られています。チョウバエによる食中毒のリスクは、ゴキブリやイエバエに比べれば低いと考えられていますが、大量に発生している環境下では、そのリスクも相対的に高まります。また、非常に稀なケースではありますが、チョウバエの幼虫が、人間の泌尿器や消化器に入り込み、そこで生育してしまう「ハエ症」という病気の原因となったという報告も、海外では存在します。さらに、チョウバエの死骸やフンが乾燥して粉末状になり、ハウスダストの一部として空気中を漂い、それを吸い込むことで、アレルギー性鼻炎や喘息といった、アレルギー疾患の原因(アレルゲン)となる可能性も指摘されています。チョウバエが、直ちに深刻な病気を引き起こすわけではありません。しかし、彼らが「不潔な環境の指標」であることは、紛れもない事実です。その存在を許していること自体が、間接的に、私たちの健康を脅かすリスクを高めていると、認識すべきなのです。