あれは、夏の盛り、部屋の隅を横切る黒い影に耐えかねて、生まれて初めてバルサンを使おうと決意した日のことでした。ドラッグストアで一番強力そうなものを買い込み、説明書をざっと読んだだけで、「まあ、食器棚の扉を閉めて、パソコンに布でもかけておけば大丈夫だろう」と高を括っていたのです。その根拠のない自信と油断が、後々の面倒な事態と手痛い出費を招くことになるとも知らずに…。今となっては笑い話ですが、私の恥ずかしい失敗談を、皆さんの教訓としてここに告白させていただきます。最初の、そして最も金銭的ダメージが大きかった失敗は「精密機器の養生」でした。説明書には「ビニールで覆う」と確かに書いてありましたが、私は「通気性の悪いビニールより、厚手の布の方がいいだろう」という謎の自己判断で、ノートパソコンにバスタオルを一枚かけただけで済ませてしまったのです。バルサン後、何事もなかったかのようにパソコンの電源を入れると、画面は真っ暗なまま。ファンが唸るような異様な音を立てるだけで、二度と起動することはありませんでした。修理に出すと、診断結果は「内部の基盤に薬剤の微粒子が広範囲に付着し、ショートしたのが原因」とのこと。高額な修理費用を払いながら、説明書の一言の重みを骨身に染みて痛感しました。次の失敗は「食器棚の油断」です。食器棚の扉さえ閉めておけば、中の食器は薬剤から守られるだろうと信じ込み、何の養生もしませんでした。しかし数日後、お気に入りのグラスを取り出すと、表面がうっすらと白く曇っていることに気づきました。光に透かすと、他の皿や茶碗も同様です。結局、食器棚の中の全ての食器を、もう一度洗い直すという、途方もない手間がかかりました。薬剤の粒子は、ほんのわずかな隙間からでも侵入し、静かに付着するのだと思い知らされました。そして最後の失敗が「換気不足」です。説明書にある通り2時間換気したつもりでしたが、窓を10センチほど開けただけだったため、部屋の空気が完全に入れ替わっていませんでした。特にクローゼットの中は空気がこもり、薬剤の匂いが残ったまま。その夜、寝ていると喉がイガイガし、目がしょぼしょぼして何度も目が覚めました。健康被害に直結しかねない、最も危険な失敗でした。
私のバルサン失敗談とそこから学んだ教訓